「団地図解」という本の出版記念イベントに参加した。
ゲスト話者の一人の大山顕さんが「イベントの感想って最近だれも書かないねー」と言っていてはっとしたので、感想を書こうと思った。イベントを開催する側からしたら、やっぱりリアクションがあったほうが嬉しいにきまってる。
イベントは10月26日の19時から、三田の建築会館にある建築書店という本屋さんで開かれた。話者は、著者の篠沢健太さん、吉永健一さん。ゲストは石川初さんと大山顕さん。
大山さんの話
最初はゲストの大山さんの話から。自己紹介プレゼンということで、工場、ジャンクション、団地など撮ってきましたという話。それからマンションポエム。だいたい聞いたことあるなと思いつつ、知らない話もいっぱいあった。
・団地は当時、だめな景観の代表だった。
・団地の写真はシノゴで撮ってた。
・どこに住むかを自由に選択できるようになったのは最近の話。
・マンションにおいては、街は利用する資源であって、コミットするものじゃない。
・団地は街にコミットしていた。
こどもの頃からずっと筑波の団地に住んでいて、その景色がふつうだと思っていたので、景観論的にはありゃだめだったのかということを初めて知った。団地の景観はだめともいいとも思わない。ふつうだと思う。
マンションポエムにおいては、街は一方的に利用する資源だ。大山さんの話は毎回目から鱗が落ちる。読んでる本の量とか考えてる量がちがうんだろうな。
石川さんの話
石川さんは当初かんたんな自己紹介スライドを用意してきたものの、大山さんのスライドを見て考えを変えたとのこと。
・物をちゃんと見るためには物語が邪魔。
・たとえば団地には物語、ノスタルジーがまとわりついてる。
・大山さんはそれをはがすために、曇り空で正面から撮るみたいな作法を徹底した。
機能美すら物語だ、っていうのはショックだった。工場は装飾を排除した機能美だから萌えるんだっていう説明で満足してた。まずはちゃんと形とか色みたいな本当の表層を見よう。それより奥には物語がついてしまう。というようなことを「ドボク・サミット」の時点で大山さんは言っていたらしい。そうだったのか。読み直そう。
・日常に近いものほど物語が目くらましになる
団地は日常に近いのでノスタルジーがじゃまになる。いっぽうでダムはダムカードとかダムカレーみたいな物語がついてもたいしてじゃまにならない。
あとは「本物の正義問題」ということを言っていて、意味と表現が一致していることがえらい、という価値観が問題になることがあるそうだ。あまりピンと来なかったのでまた機会があれば教えてもらおうと思う。あるいはどっかに文章があればいいんだけど。
吉永さんと篠沢さんの話
特定の団地をとりあげて図で解説する、という内容。本でやってることをライブでやる。もちろん本も読んだんだけど、ライブだと分かりやすさが全然ちがう。ライブ感がある。あたりまえ。
著者の吉永さんは、自分たちが読みたい団地の本がないから、自分たちで作ったと言っていた。自分たちがまだやる余地があると。その気持ちちょっとわかる。比べるのはおこがましいけど、「街角図鑑」を作る動機はそうだった。読みたいのになかったら自分たちで作るしかない。
千里ニュータウン
・初期の団地
・地形を完全にならすだけの技術がなかったので、地形に負けつつ、生かす感じ。
・風景としては山岳集落みたいな団地。端的にいうと素敵。
・制約のなかで合理的な選択をすると集落みたいになっちゃう。
・規模がでかくなると無視できないものが増える。たとえば地形。
・団地はでかい。でかさが土木性につながる。
・間取りから住棟のレイアウトが導かれる。
金沢シーサイドタウン
・1978年ごろの団地
・不自然な微地形がある。海沿いの埋立地で、塩っぽい水の地下水位が高いので、植栽のためにわざと盛ってる。
・槇文彦さんと若手の設計。
・槇さんのほうは、グリッド型。
・広い道と小さな裏路地みたいなのがいちいち設えてある。設計者の意図を感じてちょっと息苦しい。
・住民も槇さんに遠慮してあんまりカスタマイズしてないのでは。
・若手のほうの土地は、横浜市が歩行者専用道を45度に曲げてつくってある。
・部外者はぜったい迷う道。
・その道にどうアプローチするかが設計者ごとに違って面白い。
45度に曲げた道はつくばにもある。住民にとってはなんでもないふつうの道なんだけど、初見の人にとっては迷いやすいと評判が悪い。直接関わったのは土肥博至さんと土田旭さん。後になって、同じく筑波に関わった大高正人さんと土肥さんが対談して、今でも文句を言われて耳にタコができるほど、と言っている。
「不自然な微地形」みたいなものに気づく人と一緒に歩いたら楽しいだろうなと思う。建築の人は街を歩いていてもいろんなものが見えてるんだろう。いいなあ。
俺が設計したぞ感が息苦しいという気持ちは分かる。ただ、子どもの頃に団地に住んでた感想からすると、どんなに設計されててもそれが当たり前の風景なので何も感じない。
大人になってから、クルドサックというものを知った。世の中にはそんなにも設計者が出しゃばったような不自然な道があるのかと感心した。ところがなんと、自分が住んでた団地の前の道がまさにクルドサックだったのに後から気づいた。がびーん! ぜんぜん不自然じゃなかったです。
ごはん食べた
21時には終わった。お腹すいたのでごはん食べにいかないかなーと粘ってたら運良く誘ってもらって、近所でごはんを食べた。登壇者たちと、それを囲むファンの集いのようになっていた。こういうのが楽しい。大山さんがテロで死ななくてよかった、みたいな話をした。
編集者の方はまだ若い方だそうだ。ベテランの建築家や大学教授を巻き込んで3年かけて本を作った。たいしたもんだ。
23時すぎに解散。