神田川をボートで遡る・4

後楽橋付近

後楽橋付近

水道橋、後楽橋を過ぎたあたりで、ゴミの運搬船に出会った。
この船は、去年ゴミの行方を追跡した時にも出会っているので、半年ぶりに再会することになる。
ゴミを追跡する・その3

ゴミの積み込み作業をされている方に挨拶をしたところ、笑顔で挨拶を返して下さった。とはいえ、仕事で神田川を通行している方にとっては、ゴムボートのような小さな船がうろちょろしているのは、あんまり嬉しくないはずなので、なるべく早く船の周りを離れることにした。

ここを過ぎると、神田川の支流である日本橋川が左手に見えてくるので、ちょっとだけ中に入ってみた。

日本橋川入口
日本橋川は、その上を首都高が走っているので、日中でも結構暗い。
このまままっすぐ進むと、首都高の下をくぐったまま、神田橋、日本橋などを経て、隅田川に出ることになる。

奥の橋の下に、道路から降りる階段とコンクリートの突き出した場所が見える。ここもやはり桟橋になっていて地面から川に降りることができるらしい。

神田川をボートで遡る・3

水道橋付近

水道橋付近

さらに進むと、水道橋が見えてきた。

正面右手には外堀通りや後楽園の遊園地があり、左手には中央線の線路が通っている。
よく見ると、左側の中央線の乗っている土手は、右側の外堀通りの地面の位置より高くなっているけど、これもやはり自然の地形ではなくて、江戸時代に江戸城のある南側(左手)だけに築かれた堤防らしい。

右側に柱が2本立っている場所は、神田川が地面の下を流れる分水路というものの入口になる。

分水路の上流側
というわけで、その中に入ってみた。
ずいぶん先まで続いているらしく、奥のほうは暗くてまったく見えない。
正直いってちょっと怖い。

十分な装備と準備があれば入っていっても大丈夫なんだろうけど、さすがに引き返すことにした。

それにしても、どこまで続いてるんだろう。

神田川をボートで遡る・2

御茶の水付近

御茶の水付近

えっちらおっちらとボートを進め、お茶の水の辺りまでやって来た。

この辺りは川幅も広く、水もわりあい綺麗に映る。
ときどき、コイが水面に現れてごぽっと泡を作るのが見える。

お茶の水付近は、川の両側がとても切り立った谷になっている。これは自然に出来た地形ではなくて、江戸時代にこの辺りの丘を切り開いて、神田川を通すようにしたためらしい。

洪水が起きたときに江戸城下を水びたしにしないためだそうだけど、こんなところに谷を掘れと言われた当時の人たちは相当大変だったに違いない。

のらネコ

こちらは、聖橋付近の北側の岸辺に降りてきていたネコ。
川の上を進むボートを不審に思ったのか、お茶の水橋を通り過ぎる付近まで一緒について来た。

神田川をボートで遡る

神田川の河口

神田川の河口

これは、神田川の河口を隅田川から見たところ。

ふだん街で目にする狭くて汚い神田川とは違って、河口付近はさすがに広くて立派な感じだ。

神田川は、井の頭公園を水源とする小さな流れから始まっている。というのは知識としては知ってるんだけど、その経路を辿ってみたことはもちろんない。

じゃあ、実際に辿ってみよう。
というわけで、水源までさかのぼってみることにした。

それに、せっかくだから、ボートで神田川の上をぷかぷかと進めたら楽しいに違いない。

念のため、神田川を管理する東京都建設局河川部の担当の方にお聞きしたところ、川の上を小さな船で小さな推力で進む分には、特に何の法律にも抵触しないとのこと。

 

浅草橋付近

河口に近い浅草橋には、船宿のための船着場がいくつもある。そこをお借りして、ゴムボートでのんびりと神田川を遡ってみよう。

牛肉を追跡する・7

親と子

親と子

お産をするための牛舎に、最近生まれたばかりの仔牛とその母親がいた。

生後しばらくの間、親の乳を飲むことによって親からの免疫が得られるらしい。

最近の飼料には免疫グロブリンという抗体の成分が含まれているため、これだけで十分だと考える人もいるけれど、「それでも病気になる仔もいる。やはり母親の初乳にまさるものはない」と宮沢さんは言う。

ペコちゃん

帰り際に、ここで生まれた最初の牛を見せて頂いた。
ペコちゃんという1才半のメスで、名前は前歯が欠けていたからだそうだ。
肉牛は普通2才半で出荷されるので、手塩にかけたペコちゃんともあと1年でお別れということになる。

とはいえ、それまでの間、宮沢さんには何の売上も入らず、経費だけが掛かるのだから、彼女がどれだけいい牛に仕上がり、高く買ってもらえるかということは、経営にとってとても重要な問題になる。

ということで、宮沢さんに厚くお礼を申し上げてお別れをしようとしたところ、遠いからと最寄の高速バス乗り場まで車でお送り頂いてしまった。

最後まで本当にお世話になりました。

牛肉を追跡する・6

宮沢養鶏場

宮沢養鶏場

千葉県香取郡の宮沢養鶏場をお伺いした。

宮沢さんのご一家では、これまで鶏を主に扱ってきたため、社名が養鶏場となっていて、肉牛は最近になってから始められたとのこと。

私が買ったのはホルスタインという種類になるそうで、その牛舎を宮沢さんが実際に案内して下さった。

ホルスタイン

宮沢さんが近づくと牛が揃って首を出してくるので、挨拶をしてるみたいですねと私が間抜けなことをいうと、

「(餌の)ワラを寄せてもらえると思ってるんでしょう」といって宮沢さんは笑った。

ワラは、地元のお米農家の減反対象の田んぼで取れた、もみがら付きの稲ワラを貰って使っている。 そして、牛舎で取れる堆肥を今度はお米農家に返す。

どちらにとっても捨てるものを互いに融通することで利益が生まれるという仕組みで、耕畜連携というらしい。

別の牛舎で黒毛和種とホルスタインの一代雑種(F1という)を作られているとのことで、見学させて頂いた。

牛肉を追跡する・5

千葉県食肉公社

千葉県食肉公社

千葉県食肉公社にて、食肉事業部の部長の方にお話を伺った。

ここでは、生産者から渡された牛や豚のと殺と解体が行われ、脊椎に沿った半身(枝肉)の状態の肉が伊藤ハム等の業者に引き渡される。

枝肉

牛の場合、解体のときに脳の一部を取り出して、隣にある衛生試験場でBSEの検査をするのだけど、結果はその日の夜7時頃には分かるらしい。

他にも色々なお話をお伺いし、また幸いにも実際のお仕事を見学もさせて頂いた。牛が倒れる瞬間はとても大きな音がする。最初のうちは一部始終を正視するのが難しかった。

個体識別番号による次の履歴を調べると

千葉県 転出 H 16.12.01 香取郡干潟町 宮沢 

となっているから、宮沢さんこそがこの牛を育てた方になるのだろう。そこで、こちらの宮沢さんにご連絡をしたところ、恐縮なことにお話をお伺いできることになった。

では、いよいよ最終目的地である宮沢農場へ向かおう。

牛肉を追跡する・4

個体識別番号

個体識別番号

調べたところ、牛肉の由来は次のサイトから検索できるらしい。
牛の個体識別情報検索サービス

そこで、パックに書かれた個体識別番号(1220046953)を入力してみると、一番最後の履歴は

千葉県 と畜 H 16.12.02 旭市 (株)千葉県食肉公社 

となっているから、この牛肉はここで解体されて越谷まで来たのに違いない。

というわけで、次は千葉まで行ってみるのである。

牛肉を追跡する・3

伊藤ハム越谷食肉センター

伊藤ハム越谷食肉センター

埼玉県にある、伊藤ハム越谷食肉センター。

ここは伊藤ハムの工場なので、主に生きた豚をハムに加工する所なのだけれども、牛肉については、運ばれてきた枝肉と呼ばれる牛の半身を、ももや肩といった部分肉に切り分ける作業を行っている。

ここには、東日本を中心に全国から牛肉や豚肉が運ばれて来るから、僕が買ったものがそれらのうちどこからやってきたかについては別の手段で調べる必要がある。

幸い、国内で生産された牛肉については、牛トレーサビリティ法によって、それぞれの牛につけられた番号をもとに、その由来が追跡できるようになっている。

というわけで、実際に調べてみることにしよう。

牛肉を追跡する・2

近所のスーパー

近所のスーパー

最初は、このお肉を買ってきた近所のセイフー江古田店へ。

生鮮食品売り場には、外国産のものも含め、種類や産地の違う色々な牛肉が置いてある。

お肉売り場
売り場の係の方に聞いてみたところ、僕が買った牛肉は、越谷にある伊藤ハムの工場から仕入れたものとのこと。

ということで、ちょっと遠いけれども行ってみるのである。